サロマ湖100kmウルトラマラソンへの挑戦

北海道を愛するランナー
最近は「ゆっくり長く」が目標です
観光ラン、庭めぐり、カメラン、飲みラン、ポールウォークで楽しんでいます

マラニック、ポールウォーク、ワラーチ、装備選定を記録しています。

サロマ2006完走記

サロマ2006完走記(1)

レース前日

サロマの受付は前日の夕方までである。自宅から約270キロ。約6時間必要だ。
妻と一緒に早朝5時に起きて、妻は留守番する子供達に残す食事の準備。自分は車に荷物を積み込む。車中泊、テント泊両方出来るよう用意した。
洞爺の反省を学習して、昨晩から多めに炭水化物を取っている。それと枝豆。普通の人は豆は遠慮した方が良いが、普段からおなかが緩い自分にとっては最適な食材である。

予定より30分遅れの8時30分に自宅を出発する。
275号線で深川まで北上する。車の流れは順調。途中道の駅でトイレ休憩すると、ジャージ姿の人を発見。「サロマ?」なんて思ってしまう。

車中で赤飯のおにぎりを補給。餅米なので食べやすい、こんな時はベストな食べ物だ。
妹背牛町のスーパーで餅とバナナを購入。
やがて12号線に入り旭川を通過。その先の当麻の道の駅で「スイカソフトクリーム」を購入。ここによるときの楽しみである。

ここで妻に運転を代わり、一路湧別を目指す。後ろの席で少し横になってみたが、興奮していて寝る事ができない。それより、大きな深呼吸をたびたびしてしまい、妻に「やめてよー緊張が移る」と言われてしまう。
遠軽の「クスリのツルハ」に寄って、ガスター10を探してみる。ガスター10は胃酸の出を少なくするクスリで、ランナーが走る事によって、自分の胃酸で胃壁がダメージを受けるのを防ぐ役割が有るらしい。
ウルトラをリタイヤする原因の中に、走力不足の次に胃腸の調子が悪くなって嘔吐するというのが書いてあった。
が、置いてない様だ。一度も使った事の無いクスリを本番で使うのも不安であったが、今回は使うなという事だと思い店を後にした。

2時30分湧別到着。先に帰りのガソリンを補給しておく。湧別は2度来ているので土地勘は有る。しかし市街地にはジャージ姿のランナーがたくさん!

まずは宿泊地を決めなければならない、スタート地点目の前の駐車場がまだ空いていた。目の前の芝生にはテントがたくさん。ここに決める事にした。
実は翌朝のトイレの事を考えて、絶対空いているトイレの目処をつけたかったのであるがテントを設営できるところは、この辺りしかないのですんなりここにした。

先にテントを設営して、荷物を運ぶ。持ってきたテントは、1分で設営出来るというロゴスクイックドーム。設営はテントだけなので、中に寝袋を敷いて作業完了。

受付に行ってみる。
会場前の広場はランナーズブースなどのお店、地元漁協の出店で賑やかだ。大きな大会の雰囲気で最高だ。それにしても選手同士の交歓会というのか、久しぶりに再開しているシーンをよく見かける。

会場に入る、番号毎の列に並び、受付を済ませる。
体育館の壁に応援FAX応援FAXが貼ってあった。FAXなので黒の文字だけなのだが、手書き文字の力強さというか、書いた人の「パワー」がたくさん詰まったすばらしいFAXばかりだった。「あぁ、ここに自分宛のFAXが有ったらどんなにすばらしいだろう」と思った。

会場を出ると小雨が降っていた。
テントに戻り先ほどもらった冊子を読んで一息。「そうだ、早めにアルコールを飲んでおけば翌朝は影響ないぞ!」と思い、早速缶ビールを空ける。続けて缶チューハイ。
他のテント周辺の人もバーべーキューグリルを囲んでかなりの宴会状態。
「ほんとにこの人達明日100キロ走るの?」と、こちらが心配するぐらいだ。

まもなく前夜祭の時間だ。前夜祭は別の敷地のコンサートホールのような会場で行われる。そのメーン会場は既に満杯。入り口近くのホールにも用意されていたのでそこを確保。メーン会場の乾杯より前に、こちらは既に宴会がスタートした。洞爺と違って料理は豪華、ウニ、ホタテまである。ご飯、パスタ、すり身の揚げ物、サラダと至れり尽くせり。ただしこれだけの人数だ、まもなく料理はなくなる。夕食としては期待していなかったが、充分取る事が出来た。

会場を後にして、周辺を少し散歩してみる。
空気の澄んだ湧別の街は静かだ。明日は間違いなく。気温も上がりそうだ。
テントサイトに戻ると、前夜祭会場が移ったように賑々しい。ハッキリって団体さんの宴会には閉口してしまう。テントなので防音性は皆無だ。

テントで最後のビールを飲み終わると、すこしお腹がすいているので、持ってきたカップうどんを食べる。これで満足
ここ3日間早起きだったので、睡魔がやってきた。このときとばかり、寝袋に入りすんなり寝入る事が出来た。このとき午後8時。

1時間半程で目が覚めてしまった。
隣はまだ宴会中。まったく「何しに来たの?」と思ってしまう。
それでも午後10時には解散した模様だ。我々もまた眠りにつく事が出来た。

午前2時。
携帯にセットした目覚ましが鳴る。我が家の目覚ましのせいなのか、みんな2時にセットしたのか、ごそごそと周りの人たちも起き始める。深夜の2時なのにトイレが混むという現象。
実はマラソンの車中泊は3度目であるが、最低三時間以上前に起きないと、体調が安定しない事が分かっていた。それに早めに食事を済ませて、トイレが込む前にすっきりさせたかった。
朝食は前日スーパーで購入できた鍋焼きうどん。それに卵を入れる。私は、なるべく温かい食事を取る主義。
今回のメニューも成功といえる。後はカステラを一つ。
そして胃薬とCoQ10。
これでスタート前の食事は万全だ。

ここでトイレに行ってみる。まだ混んでない。一回目の作業は終了。
テントに戻り、ユニフォームに着替える。
スタート時の格好はモンベルのグレーのロングスリーブシャツとその上にアディダスの紺のランシャツ。
下がワコールの黒のCWXとニューバランスの紺のランパン。帽子は白のナイキ。
モンベルのステンレスメッシュスクリーン
ソックスはナイキ、シューズはアシックスのフリークスとアスリートクラブの中敷き。
モンベルのウエストポーチ、モンベルの高機能タオル
ポーチの中身はテッシュ、薬、カットバン、テーピング、お金、車の鍵そしてiPod。

中間点とゴール地点に預ける袋の中身を最終点検する。
そして、最後のトイレタイムに出かける。しかしこのときはもうどこも人が並んでいた。あんまり急いでないが時間がもったいないので、気楽にどこか空いているところを探す。たまたまだが、ある場所のトイレが空いていたので、そこですっきり済ませることが出来た。

テントの撤収を行う。帰ってきたときは暗いし何よりも片づける体力は無いかも知れない。月曜朝までには帰ってやらねば学校に出かける子供たちに悪い。

30分前となった。荷物をブースに預ける。
そこでogamanさんに遭遇。レースペースなどすこし話をした。
そのまま楽走軍団の集団に入った。そこでogamanさんが、
「ニコちゃんマークありますか?」
前回このブログで用意する事を伝えてあった。ちょうどウエストポーチにたくさんあったので、
「どうぞ使ってください」と、皆さんに渡す。
小さなシールなのでどこでも貼れる。
挨拶もさせていただいた。としちんさん、sibaさんだ。sibaさんは去年の合同ランで顔は知っていた。

まもなくスタート時間。われわれはスタートコースの路上にいない。ちょうど待っている選手全体の中間の横あたりの広場だ。いわゆる横入り待ち状態。周りも全然気にしないこのアバウトな雰囲気が長丁場で堅いこと言うな!ってな感じでとてもリラックス出来る。

天気は濃い靄がかかり、少し幻想的な雰囲気でスタートとなる。間違いなく暑くなりそうだ。
やがて正確な時刻である午前5時に号砲がなる。

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サロマ2006完走記(2)

(タイムは速報計時とストップウォッチで若干差異があります)
スタート地点通過のロスタイムは2分弱。約3千人が軽い足取りの足音をたてて進行します。サロマスタートコーススタート前のコース風景
1キロ通過(9:05)
3キロ通過(21:28,LAP12:23)
ラップは2キロ分で少し早いぐらい。
湧別の市街地を走る。早朝なのに地元の人は家の前で声援を送ってくれる。
このときの雰囲気は「行ってらっしゃい!」という感じで、みんな「ワクワク」している。

5キロ(35:16,LAP13:47)地点
最初の給水。奥のテーブルでスポーツドリンクをゆっくり取る。

7キロ付近
小タイム。コース上に消える男性陣。自分も思わず催し済ませてしまう(すみません)

10キロ(1:09:46,LAP34:28)地点給水
スポーツドリンク給水。ラップは全く良いペースである。

13キロ付近
またまた小タイム。ほんと近いんだよね。

15キロ(1:44:27,LAP34:42)給水
スポーツドリンク給水。ラップは全く良いペース。その代わりエイドではストレッチなどする余裕は無い。ランのラップとしては少し遅い。

エイドを後にしてから、
妻(以後Yokko)のお腹の様子が変!
横にいて彼女の腹から、「たっぽん」、「たっぽん」と聞こえる。
笑えそうで笑えない深刻な状況。
「ウエストポーチを前に持ってきて、腹に当てたら?」と、アドバイスしてみる。
少しは保温効果が有ると思ったからです。
後で聞くと結構有効な処置だったようです。

16キロ付近
トン子さんを発見。自分の折り返しはまだ先なので
ずいぶんと速いペースな様な気がした。それとも自分が遅いのか?
(あ、勝手にトン子さんを自分と同じ走力と見なしている)
sibaさんも発見(今日は数少ない走友の顔をよく見つける!)。sibaさんて、早い人なんだーと理解。

17キロ地点折り返し
距離表示があったので、時計を見るとラップが遅れている。

18キロ地点
ほんの少しペースを上げる様Yokkoに催促。しかし現状が精一杯。
まぁぎりぎりまで引っ張っていくか。
しかし、Yokkoは早くも疲れを感じたのか、
「先に行って!」と伝える。
一度は少し先に行くが、そんなにペースは変わらないので、5,6m先を
先行し少し様子を見る。
時々振り返るが表情に余裕はまだある。こちらもあんまり振り返ってもしょうがないのでペースを上げずに現状維持で走ることにする。

20キロ(2:18:04,LAP33:35)地点
給水地点でogamanさんと遭遇。ogamanさんが
「あれ!奥さんは?」
「先に行ってと言われたのでそうしました」と、自分(決して、おいてきたわけでは有りません(笑)
梅干しがあったので、2個口にする。給水している間にYokkoが追いついてきた。
また、しばらく併走するが、明らかにペースが違います。
今度はゴールまで会えないかもと思い、拳を合わせお互いの健闘を祈り分かれました。
「あんまり無理するな」と言うべきだったかも知れませんが、
レースはすでにスタートしており、後は自分の判断に任せるしかないと思いました。
実は彼女は2週間前の二人の子供の相次ぐインフルエンザの看病(もちろん僕もしましたよ)、本人もその間風邪で休む。彼女の微熱はその後一週間ほど続き、スタミナドリンクを取りながら仕事をしていた。前日もまだ完全回復ではなかった。当日は何故かすっかり元気と言っていたが、たとえそうでも、走る体なんか出来ているわけがない。
丈夫な奥さん(笑)だが、ウルトラ仕様ではない。

25キロ(2:53:20,LAP35:17)地点
初めてバナナを口にする。給水中に再びogamanさんと遭遇。自分が先に到着し、給水&ストレッチしている間に一緒になります。だいたいペースが同じようです。

30キロ(3:29:48,LAP36:26)地点
黒砂糖を発見。どんなものかと、小さなひとかけらを口に入れ水で流し込みました。

35キロ(4:08:14,LAP38:28)地点
あんパンを発見したので、口に入れました。そしてコップの水で給水し、道路の反対側で靴を脱ぎ、ソックスを脱いで足の状態を調べました。右足小指の上にほんの少し皮膚が浮いていました。
給水地点直前に違和感があったので、すぐにバンドエイドを小指に巻きました。
出来ればその上にもう一度ワセリンを塗りたいところですが、55キロのエイドステーションまで有りません。
靴をはき直しもう一度エイドに戻ると、スイカを発見。おいしそうだったので一口いただきました。あんまり食べると腹が冷えそうなので一つでやめました。そこに横からogamanさんが、
「初スイカだ!」と言っていたような気がします。ここでも一緒です。

エイドを後にして、バンドエイドの対処の様子をしばらく気にしながら走り始めました。ここまで体調は良好。ペースとしてはやや遅いですが、充分行けると判断していました。ここからお腹の様子が変です。
Yokkoと同じ、お腹が「たっぽん」「たっぽん」し始めました。
あ、やばい。飲み過ぎか、これで胃がやられたら、後半のエネルギーは明らかに持ちません。まず、シャツをまくり、タオルで体の汗をふき取ります。そのタオルを腹巻きのように、お腹の前にあてがい、シャツをウエストポーチのベルトの下に入れます。ポーチは腹の前に移動します。とりあえずお腹は暖かく「気持ちいい」状態です。
これでしばらく走り様子を見ます。
走っている間、何が悪かったのか、あれこれ想像してみました。
「梅干し2つ同時は刺激が多いな」とか
「どうも、あのスポーツドリンクは合わないような...」とか
「腹が冷えたのか」などあれこれ思いついた事を判断すると、
スポーツドリンクはやめよう。梅干しもほしくなったら1個までにしようと決めました。
定期的に腹巻き代わりのタオルを中でひっくり返して賢明の看病です。
その甲斐あってか、次のエイドまでには胃の違和感は無くなりました、消耗もなかった様です。まさにモンベルのこのタオルは奇跡の「万能タオル」です。

40キロ手前の上り坂で、女性の方が後ろから、
「ちょっとお兄さん、虫が付いているからはらってあげる」
「あっ!すみません!」と僕
「はい、とれたわよ!」
「ありがとうございます」
「虫が付くほどのスピードなんです」ややスローペースの自分を表現
「あらっ、虫が付く程のいい男よ!」と、その関西風のアクセントの女性はさわやかに過ぎ去っていった。
ほんの小さな出来事でしたが、長丁場のレースのほんの休息となりました。

続いて(この地点か失念)、スタート前に挨拶した、楽走のとしちんさんが、後方から
「どうもー」と、声をかけられる。
「あっ、どうもー」(思わず続けて、「お疲れさまです。」と言うところだった(笑)
そして、としちんさん、
「いい走りしてますね。全然ロスのない走りですよ!」と、
「えー、そうですかー。ありがとうございます」
そういう間に何か話そうと考えていたら、としちんさんはいいペースで走り去っていった。
先ほどのとしちんさんの言葉に気をよくし、且つ自分をリズムに乗せようと、
「い・い・はしり♪、ロス・ない・はしり♪い・い・はしり♪」この言葉をひたすら心の中でつぶやき、しばらくこれで頑張りました。


40キロ(4:48:07,LAP39:51)のエイドは水だけにしました。しかもおそるおそるのどを潤す程度です。

42.2キロ地点
フルマラソンの距離通過です。
ほぼ5時間ちょうどだった気がします。
この辺から少し疲れを感じ始めました。それと日差しが強いので、なるべく日陰を求めて走りました。

45キロ(5:24:45,LAP36:38)
いよいよここから長い登りの始まりです。木陰はなく日差しは強いです。
しかもちょうど登りはじめから自分にとっては未知の距離がスタートします。



サロマ2006完走記(3)


ここからは、未知の世界だ。
レース二週間前に最後の負荷練習ということで、46キロ走った事がある。
ほんとは66キロを一度経験したかったのだが、その日はそれが限界だった。

この時点の調子は、極めて順調である。
途中お腹を温めたり、逆に暑くなったときはお腹にあてがったタオルを外しシャツの中に空気を入れて調整したりした。
今のところ心配ない。足の方は、「うん。大丈夫」
と、心の中で総点検する。
「80キロまで足が持ってくれれば」と、当初の全体の構想を思い出す。

50キロ(6:2:15,LAP37:30)
登りでも有るのでまずますのタイム。
レース前の戦略の50キロ地点の予定は6:03:00である。
驚くほど似ている。しかし内容は違う。大タイムとその待ち時間の18分が含まれていない。今後大タイムが有ったとしても待ち時間を使わずに、速やかにすまさなければならない。それともう一つ違う点は、エイドでの屈伸をほとんどしていない点だ。
当初の予定に対して順調であれば、屈伸を入れていたと思うが、エイドの時間が思ったよりかかっているので、その分屈伸を省略していた。
それだけ余裕は無くなっていたわけである。

それと2.5キロ毎の給水ポイントで頭に水をかぶるのも結構なロスになっていた。
この行為は熱中症を避ける意味で重要な処置で最後まで続ける事になる。
エイドの補給もこのへんから「楽しみ」になりつつあり、知らないうちに「ゆっくり」と過ごすようになっているのかもしれない。もちろん本人は全然ゆっくりしたとは思ってもいない。その証拠に見逃した食べ物もたくさんあった(笑)

この辺から、大会用の収容車を見かけるようになる。関門用のバスでなく、リタイヤ選手の乗用車だ。
「もしや、Yokkoがドクターストップ?」と一瞬、頭をよぎる。
この暑さ、
病み上がり、
無理して走り続ける・・・
自分では止められない。

その車が通過するたびに後部座席を覗いてしまう。
そのたびに心配が強くなってくる。
もし、収容されていたらと、気が気でない。


コースは、左手にサロマを見ながら湖岸を緩やかなカーブを描いて走る。
やがて、55キロ地点のレストステーションが見える。
レストステーションには観光客と見物客が結構いて、久しぶりの人・人を感じる。
勝手が分からなかったが、コースから外れエイドに到着すると、すぐに荷物を渡してくれる。このときは頭があまり冷静でなかったが、全く無駄のない動きに「感動」すらした。素早い連携プレーとは裏腹に、私は、「少しゆっくりしよう」と思っていた。
ただし、完走する人は、はやばやと用を済ませるようだ。
水をのんで、ゼリー飲料をもらって、木陰の椅子に座る。
「あー、楽だ!」
まずは、アンダーのロングTシャツを着替える。水を被っていたので、結構濡れている。それと、ソックスの交換。その前にワセリンをもう一度塗る。
ソックスはスタート時と同じ製品のものを履く。
乾いたシャツとソックスはとても気持ち良かった。かなりの気分転換にもなる。
残りのゼリーを飲んで、着替えた荷物を預ける。
氷のプールで冷やしている人がいて気持ちよさそうだったが、濡れるのはいやなのでそのまま後半戦をスタート。

調度、収容バスが入れ替わりに入ってきた。
客席を覗く、Yokkoの顔は見えない。むしろバスに乗っている顔を見た方が、よっぽど気が楽だ。つまり、「無事」収容された事になるからだ。

コースに戻った直後が55キロ地点

55キロ(6:50:31,LAP48:16)
休憩時間は計っていないが、約10分程度と考えられる。
普通に着替えたらそのぐらい時間がかかるという事だ。

さて、ここからウルトラは始まるとウルトラ初心者の私もそう思っている。
サロマの秘策第一弾である、iPodを予定通り使い始める。
ウエストポーチから取り出し、イヤホンをつけて、「プレイ!」
コースは長い登りが続く。
一曲目は、HITOMIの「LOVE2000」(古い!)Qちゃんがシドニーの大会前に聞いていた曲だ。
その同じ気持ちで聞いて、気分を高める。「いい調子」だ。
無理してはいないが、回りのランナーを抜き始める。
二曲目は、QUEENの「I WAS BORN TO LOVE YOU」(古い!)最近のレース前に聞く曲だ。気持ちが高ぶり戦闘モードになっていく。ただし、今回は長丁場なので盛り上がりすぎは要注意。
三曲目は、ゆずの「栄光の架け橋」(古い!)前回のオリンピックのNHKのテーマソングだ。これも野口みずきのゴールシーンと重なってしまう。

ここからは1キロごとに標識がある。残りの関門時間を計算するには好都合だ。

56キロ(LAP6:50)
57キロ(LAP6:29)
58キロ(LAP7:10)
59キロ(LAP6:43)
60キロ(LAP7:30,7:25:14)
いいラップではあるが、関門閉鎖まで10分弱。予定は12分。
少し焦ってきたが、足はまだまだ疲れていないので、何とかなると冷静に判断。
60キロ地点過ぎのエイドの前にバスステーション用のトイレを発見!
特にもよおしていなかったが、大処理を済ませる事にした。
待ち時間が無い事と、もしかしたら洋式で座れるかもと思ったからだ。
中は残念ながら、和式だったがきれいだった。
しゃがむと、さすがに足はこわばっている。ゆっくりと用を済ます。
これで、トイレの心配はもう無いだろうとレース終盤戦の心配事を一つなくす。
そんなわけでトイレとエイドで3分ほど消費。貴重な時間ではあるが貴重な行為なので心はすっきりだ。

61キロ(LAP9:43)
62キロ(LAP6:57)
63キロ(LAP6:50)
64キロ(LAP7:44)
65キロ(LAP7:04,8:03:29)

後半はキロ7分を想定していたので、まずますのラップだ。
しかもこの間には施設エイドが二カ所有った。
いつものエイドより貴重な水を有りがたく頂く。
ただ、この辺りから消耗し始め、次のエイドが待ち遠しかった。

66キロ(LAP6:59)
67キロ(LAP-:--)
68キロ(LAP15:32)
69キロ(LAP8:32)
70キロ(LAP7:00,8:41:47)
ラップは良いが、エイドと給水で結構時間を消費している。
関門3分前を通過。予定は7分前。
3分前だと焦りそうな時間だが、1キロごとのラップが正確なので、
しっかりと計算し、全く焦らず走っていた。
ただし、次の最大の難関80キロ関門は、60〜70キロ間のペース1:16:33だと
かなりぎりぎりである。そうなった場合は給水とエイドを省略しようと思った。
あくまでランはキロ7分を維持できていたので、まだまだ「いける」と思っていた。

71キロ(LAP6:39)
72キロ(LAP6:42)
全く、いいラップである。

73キロ(LAP7:30)
給水して少し走っていると、帽子につけていたステンレスメッシュスクリーンが
「無い!」
事に気づく。すぐに後ろを振り返るが、コース上には見あたらない。
ショックだった・・・

今、身につけているものは検証&吟味した重要なアイテムで無駄なものはない。
しかもスタートしてから9時間も強い日差しから熱中症を防いできた
「頼もしい相棒」
が、今いないのである。
心の動揺を沈めるのが精一杯だ。




サロマ2006完走記(4)

気落ちした状態で走っていると、まもなくエイドの中で一番人気の通称「お汁粉ステーション」に到着した。
まずは麦茶を二杯ほど給水。
隣では年配の選手が足に冷たい水をジャバジャバかけている。
自分もやってみる事にした。靴はなるべくぬらさないように膝を突き出し水をかける。
「あー気持ちいいー」

つぎは待ちに待ったおしるこだ。
お汁粉はどこかな?と探していると一番奥のテーブルにあった。
小さなカップに1/4程入ったつぶつぶのおしるこ。1cm角のお餅も入っている。
お代わりするつもりで食べようと思ったが、なかなかのどを通らない。
時間がかかるので隣にあったパラソルテーブルの椅子に腰掛けた。
その時、向かいに座った選手が、私の胸に貼ったUMMLのシールを見て、
「UMMLですか?@光が丘です。」
「あっどうも!Beanです。」
「ここまで来ればもう大丈夫ですね。」と@光が丘さん。
時計を見ると、9:12:??。関門まで48分弱ある。
このとき私は、最大の難関のクリアをほぼ確信した。
今のところ故障はない。疲労は有るがまだまだ走れる。気力も充実。
「そうですね。キロ8分でも充分間に合いますね」
と、余裕の団欒。

しかし有る意味この会話によって、
「ひと安心」してしまった。
他人によって客観的に関門クリアを保証されたその時の心境は
「一気に緊張が抜けた」感じだ。

「では、行きますか?」
まるで、残りの作業をかたづけるかの様な所作。
二人は椅子から立ち上がり、コースに戻る。

そこで、目の前にトイレがあったので最後の小タイムを取る事にした。
男子選手が2,3人並んでいた。
特に催してもいなかったので、待ち時間を考えれば通過すべき所を、余裕で待つ事にした。
思ったより列が進まない。
まもなく自分の番が来て小タイム終了。

コースに戻る。すぐに74キロ地点。

74キロ(LAP:12:26,9:15:03)

あれ?お汁粉ステーションは75キロ地点じゃ無かったのか?
一キロサバ読んでしまった!
多いのなら良かったが、少ない!
すぐに計算する。
残り6キロで45分弱。
キロ7:30以内で走らなければならない。
少し動揺。
もう余裕はない。

走りに集中しようとしたその時、両方の膝に同時に痛みが発生!
「なっなんで、こんな時に・・・」
「やっやばい!」
少しペースを落としてみる。
原因を考えてみる。
そうだ、さっき膝に水をかけたからだ。それで関節が冷えてこうなったんだ。
すぐに万能タオルをベルトから外し、走りながら膝にあてがい、タイツを乾かし尚かつこすって膝を暖める。

もうケアは充分行った。しかし、両膝痛は直らない。
痛みは引かないどころか、ますます強くなり、
ついに、耐えられなくなり「歩き」になってしまった。

「あーなんてこった」エイドの前と後では
「天と地」の違いだ。
小さな橋を渡る。サロマから吹き付ける風は冷たかった。

何とか歩いては走り、走っては歩きを繰り返す。

75キロ(LAP:7:39,09:22:42)

残り5キロ。残り37分。
先ほどのラップで走っても間に合わない。

「くやしい」

「くやしい」

「くやしい」

何がくやしいと言えば、ベストを尽くしてのリタイヤならいいが、これは明らかな自分の「ミス」である。

もう猶予はない、痛みに耐えてでも走るしかない。

地獄の一丁目である。

この痛みに耐えられる術はないのか?


・・・


「ある」



こんな事が有るかもしれないという事を予測して、実は以前からいろいろ奥の手を考えていた。それは、




「今までの人生でこれよりもっと苦しい事が有っただろ」



「若き日の発明までの未知への研究。先が見えない真っ暗闇の世界はどうだ」
「年間残業が千時間を軽く超える業務に殺人的日帰り出張の嵐と管理職おまけ付きは」
「毎月、毎日が審判を仰ぐ今の小さな会社の経営はどうだ」


「それに比べて今の苦しみはどうだ?」


「なーに、これしき。今までの事を考えたら、ウルトラなんて百分の一程度だ!」
(※ちょっと、いや、かなり誇大表現)

苦痛をかき消すアドレナリンがどんどん体内から溢れてきた。
ただ一点を見つめる目と、気合いが入った戦闘モードの顔。

76キロ(LAP:7:18)
もう少しがんばれ!

77キロ(LAP:7:02)
よし、よし。
給水はお預け

78キロ(LAP:7:16)
いいぞ、いいぞ

79キロ(LAP:6:30)
よしよし、いけるぞ
そこが俺のゴールだ!これは俺の意地だ!
「絶対関門突破してやる」

80キロ手前のエイドで、走りながらコップを受け取り給水。
そして、持っていたタオルにたっぷり水をかけてもらう。

係員が「関門まで1キロ切ったよ」と、励ます。
隣の選手が、「そのあと何メートルかを知りたい」と痛切に、いや怒ったように訴える。
「いや、確かに・・・」
今ここを走っている選手は深刻にそう思っているだろう。

まもなくコースはワッカに入る。
ここで私は愕然とした。
コースの下見をしていない私は、ワッカは砂州なので平坦なコースだと思っていた。
それが鬱蒼とした森にしかも急な上り坂が控えていた。
コースがうねってしかも、ゆるやかに曲がっているので先が見えない。

もう関門まで6分を切っている。
このままのペースで大丈夫か?

使い果たした体力、風のない森、見えない関門、迫る時間。

顔は下を向き諦めにも近い歩くほどの速さ。回りの選手がどんどん私を抜いていく。
そこに、後ろから
「Beanさん、ガンバ!」
若い女性の声援。下を向いていたので、結局誰だか分からなかった。
が、それでもペースは上がらない。

ただ、「関門不通過でも走って止められたい」
その一心でゴール(80キロ関門)を目指す。
濡れたタオルを首に掛け体を冷やす。

やがて生い茂った木々の先に80キロ関門が見える。

まだ間に合う!

ペースアップする回りの選手達

なだれ込むように通過

80キロ(LAP:7:19,09:58:22)

「私は精一杯やったのだ。もういいよくやった、これが今年の(いや最初で最後の)サロマだ。」
そう言って、私はコース脇に倒れ込んだ。





サロマ2006完走記(5)

80キロ地点の係員
「大丈夫ですか?どうしますか、リタイヤしますか?」

「はい、そうします」

と、そう聞かれたら、そう言うつもりだった。
もうそれぐらい疲労困憊だった。
有る意味ここをゴール地点と見なして、最後の力を使ったつもりだ。
同じく道ばたに寝転がっている選手達も力尽きている。

「満足だ」そう思った。
完走は出来なかったけど、充実出来た。


・・・


しかし、リタイヤを勧める係員もいない。
そのうち、力尽きた回りの選手達が立ち上がり始めた。
「えっまだ諦めていないの?」
そのうち自分ともう二、三人の選手を除いて、倒れ込んでいた選手達はワッカのコースへ復帰していった。

「絶対に諦めない気持ち」
たしか、ogamanさんが言っていた、サロマに挑む一番大切な言葉だ。

「絶対に諦めない」

「絶対に諦めない」

「絶対に諦めない」

「よし、行くか」
重い腰を上げ、立ち上がる。
屈伸してみる。
その時、左膝が
「パッキーン」という音がした。
一瞬、凍りそうになる。
しかし、幸いにも痛みは強くなかった。もう、屈伸も怖くて出来ない。

時計を見る。
関門通過後2,3分を超えていた。
歩き始める。
歩くのも痛い。しかし歩き続ける事は出来そうだ。

oagamanさんの戦略に、80キロからは歩きも戦略に取り入れると記憶していた。
自分もその時は大いに取り入れようと思っていた、
ところが私は「あとは、歩いても間に合う」と勘違いしていた。
もちろん早足では有ると思う。
しかしキロ9分で歩くというスピードは理解していなかった。
81キロまで歩いた。
行きは地獄、帰りは天国というワッカのコース。
この時間で反対から帰ってくる選手はたしかに、もうゴールは間近だ。
歩いている選手もさわやかな顔をしている。
走友と一緒に会話しながら残りのサロマを楽しんでいるようだ。

81キロ(LAP13:04)
あっ、歩いても間に合わない!

走れるか?
走ってみる。
下半身の筋肉、関節が痛い。
すぐに、右足中指が突然攣りだした。
「あたた」思わず、足の指をのばすため、立ち止まり、踵を上げて力を入れる。
こんどは、ふくらはぎが攣った。

「いてててて」
どうしたらよいか、路上でパニックになる。
地獄の二丁目である。

この両方の痙攣を直すには、
踵を上げて、尚かつふくらはぎを伸ばす姿勢。
すなわち「考える人」のポーズだ。

「ワッカのコースで、何やってんだ俺は?」
しかし、この時は必死。(この時の写真が有れば超恥だがうれしいなー)

痙攣を気にしながら、ゆっくり走り始める。

今度はやや正面からの強い太陽。
あと、90分ほど浴びる事になる。
失ったステンレスメッシュスクリーンはもうない。
先ほどぬらしたタオルを帽子の上からかぶせる事にした。日よけと冷却だ。
効果は上々。しかし格好は悪いだろう。間違いなく。うなだれたぎりぎりランナー。

82キロ(LAP9:57)
走ってもこのラップ。
残り8キロで、68分38秒。
キロ8.5分で無いと間に合わない。
残り2,3キロならまたまた力が出てきそうだが、まだ8キロもある。
とても気力が涌いてこない。
しかし、この段階で何とかしないと、間に合わない。

そこで考えた、深く深呼吸するといい事がある。
「すーー。はーー」

もう一度
「すーー。はーー」

もう一度
「すーー。はーー」

このすばらしい北の大地からエネルギーをもらおうと思った。

すると何となく迷いが消えたというか「無」の境地みたいな感じになった。
とにかく走り続けよう。

83キロ(LAP9:07)
残り1時間を切った。このラップではだめだ。もうこれが限界か。

次の給水地点までの間隔が長かったのか、そのうちおそいながらもリズムが出てきた。

84キロ(LAP8:05)
85キロ(LAP8:02,10:46:37)

給水地点でぎりぎりランナーの為に、テーブルより手前でスイカを持って待ちかまえている男子高校生。
「塩降りますか?」
「ありがとう」と、塩振りスイカを受け取る。
歩きながら食べる。
「うまいっす!」。続けて水を補給。

しばらく行くと、ワッカには珍しい展望台のある応援スポットがある。
今走っている選手は、「ほんとの完走ぎりぎりランナー」
応援する人の声も熱がこもっている。

太い木柵が有ったので、ここで足のふくらはぎを思いっきり伸ばす。
ほんとは時間が惜しいのでこんな事している場合では無いのだが、この時点ではほとんど諦めていた。ラップが上がらない限りどうしようもないのである。
90キロ関門で失格なんて「かっこわるいよー」
頭は諦めていたが、体は諦めていなかった。自分の足がコースに戻る。

86キロ(LAP10:22)
残り33分。このままのペースだと間に合わないぞ。

90キロ関門が見える。(場所は曖昧)
しかし、折り返しまで行って帰ってこなければならない。その折り返しが遠くに見える。関門の係員が、折り返しがまだの選手に向かって大声で、

「走らないと間に合わないぞー」
と、エールなのか脅しなのか。
自分には「走っても間に合わないぞー」と聞こえる。かなり悪い性格(反省)。
しかし、ほんの少しペースがアップした。

87キロ(LAP7:57)
残り25分。少し希望。
ほんときつい、このラップで走りきれるか?

しかし、途中から砂利道になる。
「なんでだよー」
それが、この時の気持ちである。
砂利道は私にとって、苦手中の苦手。

高校の部活の練習前のトレーニングで屋外を走るのだが、いつもメンバーの中で先頭を走っていても、最後の砂利道で必ずかわされてしまう。それも2,3人に。
一気にペースが落ちてしまうようだ。今考えてみると、足首が人より硬いのかもしれない。
とにかく、苦手なんてもんじゃない。
「何でこんな時に」
ついでといっては何だが、砂利道から小さな小石が靴に入る。
「ワッカからのプレゼント(怒)」
履き替える時間はない。追い打ちをかけるアクシデント。

かまわず走る。

幸いじゃまな小石はどこかの隙間にすんなり収まったようだ。

まもなくワッカの折り返し。
係員は後ろに手を回し無言。
「うーん。頑張ったけどね・・・」
そう感じる・・・

「だ、だめだ、そんな気持ちじゃぁ」

「回りの物、事象全てを味方にするんだ。」

こんどは、太陽に背を向ける。
帽子のツバを後ろに向けかぶり直す。タオルは首に掛ける。

88キロ(LAP7:44)


89キロ(LAP7:37)
がんばれ、頑張れ。





Bean
N.A.Bean
Born in August 1960
飲むために走る!
ウルトラは人生の応援歌だ
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